38%
令和6年度概算のカロリーベース。国内で供給できる熱量の割合を示します。
食料安全保障と聞くと、国の政策や輸入の話に見えるかもしれません。けれど農家の経営に置き換えると、それは「出荷を止めず、品質の下振れを抑え、来年も作付けできる圃場を持つこと」です。リサール酵産の飯川隼斗社長に、国内農業の強化を足元の土づくりへ落とし込む考え方を聞きました。

食料安全保障は、輸入を減らす、国産を増やす、備蓄を厚くするという政策だけで完結しません。現場の農家にとっては、天候や資材価格に揺さぶられても、収量と品質の下振れを小さくする経営基盤を持つことです。
その基盤の中心にあるのが土です。根が張る土、肥料が効く土、有機物が分解される土、水分が極端にぶれない土。こうした状態が整うほど、作物は外部環境の変化を受けても立て直しやすくなります。
つまり、国内農業の強化は「国が何をするか」だけの話ではありません。農家一人ひとりが、自分の圃場を安定生産できる状態へ近づけることも、食料安全保障の一部です。
農林水産省の統計では、令和6年度の食料自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースで64%です。さらに飼料自給率は26%で、食料生産を支える資材や飼料の面でも海外への依存が残っています。
38%
令和6年度概算のカロリーベース。国内で供給できる熱量の割合を示します。
64%
令和6年度概算の生産額ベース。国内農業の経済的な供給力を見る指標です。
26%
畜産を含めた食料供給を考えるうえで、飼料の自給力も重要な論点です。
423.9万ha
令和7年7月15日現在。前年より3万3,000ha減少しています。
一方で、令和6年6月5日に施行された改正食料・農業・農村基本法では、食料安全保障の確保が明確に位置づけられました。令和7年4月11日には、改正後初となる食料・農業・農村基本計画も閣議決定されています。
ここで大切なのは、政策文書を遠い話で終わらせないことです。食料安全保障を農家の経営に翻訳すると、問いはこう変わります。自分の圃場は、来年も再来年も、同じ品質で作り続けられる状態にあるか。この問いに答えるために、土壌改良を経営戦略として見る必要があります。

「日本の食料を守る」と言われても、個々の農家が何をすればよいのかは見えにくいものです。そこで、政策の言葉を圃場で確認できる指標に置き換えます。
| 食料安全保障の論点 | 農家経営で見る指標 | 土づくりで狙うこと | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 国内で安定して供給する | 収量の平均だけでなく、年ごとのブレ幅を見る | 根が深く張る土にして、乾湿や肥効の振れを小さくする | 一作の好成績だけで地力を判断しない |
| 合理的な価格で作り続ける | 肥料代、労務、出荷歩留まり、反収の関係を見る | 購入肥料を減らす前に、肥料を効かせる土台を整える | 急な減肥は収量・品質低下のリスクがある |
| 輸入資材の不安定さに備える | 作物残さ、堆肥、緑肥など圃場内・地域内資源の活用度を見る | 有機物を分解し、次作に使える土壌環境へ変える | 未熟有機物を入れすぎると根傷みにつながる |
| 供給能力を維持する | 作付けを続けられる圃場数、土の扱いやすさ、作業遅れを見る | 排水性、保水性、砕土性を整え、次作へ無理なくつなげる | 硬盤や排水不良は物理的対策も併用する |
食料安全保障を「国産を増やすべき」という精神論で終わらせると、農家の行動にはつながりません。現場では、収量のブレ、肥料の効き方、残さの分解、圃場の扱いやすさまで落とし込んで初めて、投資判断になります。
土の乾湿差や根張りの弱さを放置すると、天候の影響を受けやすくなります。土づくりは最高収量だけでなく、悪い年の落ち込みを小さくする投資です。
肥料代を下げる前に、入れた肥料が作物に使われているかを見ます。根域、pH、排水、有機物の分解が整うほど、同じ投入でも経営への返り方が変わります。
土壌診断や作業記録があれば、品質安定の取り組みを言葉にできます。安定供給を求める取引先に対して、圃場管理の根拠を示しやすくなります。
国内農業を強くするとは、単に作付面積や生産量を増やすことだけではありません。資材価格、天候、労働力、病害リスクが変わっても、作物を安定して育てる力を高めることです。
土の物理性が整い、根が伸びる空間と水分の通り道ができる
肥料と水を作物が使いやすくなり、収量と品質のブレが小さくなる
作物残さや有機物を圃場内資源として活かしやすくなる
外部環境に左右されにくい、継続的な生産基盤に近づく
根域が狭い作物は、水や養分の変化に弱くなります。土をやわらかく、空気と水が動く状態に近づけることで、作物が使える範囲を広げます。
日本は尿素、りん酸アンモニウム、塩化加里といった主要肥料原料の多くを輸入に依存しています。だからこそ、投入量だけでなく効率を見る必要があります。
作物残さ、堆肥、緑肥を入れるだけでは不十分です。分解され、根が使いやすい状態になって初めて、地域内・圃場内資源として働きます。


リサール酵産株式会社 代表取締役社長。微生物資材を活用した土づくりの普及に取り組む。
A:食料安全保障というと、大きな政策の話に聞こえます。ただ、現場まで落として考えると、結局は「その地域で、来年も再来年も作り続けられるか」という話です。そこで土の状態は避けて通れません。
土が硬い、根が浅い、肥料が効きにくい、残さが分解されない。こうした状態では、同じ面積で作っていても、年ごとの収量や品質がぶれやすくなります。安定供給を支える一番下の土台は、圃場の土です。だから、土づくりは食料安全保障の現場版だと考えています。
A:もちろん、輸入政策や価格形成を農家一人で変えることはできません。ただ、自分の圃場の生産力を落とさないこと、外部資材を効かせること、圃場内にある有機物を活かすことは、農家が積み上げられる領域です。
食料自給率は、消費構造、飼料、輸入、価格形成にも左右されます。だから農家一人の努力だけで数字が変わるとは言えません。それでも、国内供給力の足元は、各地域の圃場が安定して作物を出し続けられるかで支えられます。大切なのは、国のために我慢するという話ではなく、自分の経営を安定させる行動が、結果として国内農業の供給力にもつながると捉えることです。
A:私は、土の底力を「作物が根を張り、自分で水と養分を取りにいける環境」と考えています。肥料を入れることは大事ですが、根が伸びなければ作物は使い切れません。水が抜けない、空気がない、土が締まっている状態では、根は十分に働けません。
現場で見るなら、作土の硬さ、雨後の水の抜け方、乾き方のムラ、根の深さ、残さの残り方を確認します。土壌診断ではpH、EC、リン酸、加里、石灰、苦土などを見て、過剰と不足を分けて考えます。根が働けること、有機物が回ること、肥料が効くこと。この3つがそろって、土の底力になります。
A:まず見直したいのは、毎年同じ施肥設計を続けていないかです。
土壌診断でリン酸、加里、石灰、苦土などの蓄積状況を確認し、すでに土に残っている成分まで慣行どおりに入れていないかを確認します。
化成肥料を単純に減らすと、収量や品質を落とすおそれがあります。大切なのは、無駄な施肥を減らし、必要な成分を必要な量だけ効かせることです。あわせて、作物残さや有機物を活かし、根が張りやすく肥料が効きやすい土をつくることが、化成肥料の高騰に左右されにくい経営につながります。
A:全部の圃場を一度に変える必要はありません。まずは、収量や品質のブレが大きい圃場、雨後に作業へ入りにくい圃場、残さが次作まで残る圃場、同じ場所で生育ムラが出る圃場から見るとよいです。そこは、経営の下振れを作っている可能性が高いからです。
始め方としては、小さな区画で比較するのが現実的です。土壌診断を取り、作物残さや有機物の分解条件を整え、次作で根張りと作業時間の変化を見る。問題が大きい圃場ほど、土づくりの投資効果を判断しやすいです。
A:収量は大切です。ただ、食料安全保障の視点では、単年の最高収量だけを追うより、安定して出荷できることも重要です。ある年だけ大きく採れて、翌年に土が疲れて落ち込むようでは、経営としても供給力としても不安定です。
プロ農家に必要なのは、平均収量だけでなく、収量のブレ、品質のブレ、作業の遅れ、病害の出方を見ることです。土づくりは、最高点を狙う投資であると同時に、下振れを小さくする投資でもあります。
A:微生物資材は、圃場内の有機物を活かすための選択肢の一つです。作物残さをただすき込むだけでは、分解が遅れたり、次作の根に負担をかけたりすることがあります。微生物が働きやすい条件を整え、分解を進めることで、残さを土づくりの材料として使いやすくなります。
ただし、資材を入れれば何でも解決するわけではありません。水分、温度、pH、すき込み時期、分解期間が合っていなければ、期待した働きは出にくくなります。微生物資材は、土壌条件とセットで設計してこそ経営に効くと考えてください。
A:一番避けたいのは、資材価格が不安だからといって、土壌診断をせずに急に肥料を減らすことです。必要な養分まで削れば、収量や品質が落ち、結果的に経営を苦しくします。
もう一つは、有機物を入れれば地力が上がると考えて、未熟なものを一度に入れすぎることです。分解が追いつかなければ、根傷みや生育不良につながることがあります。食料安全保障を支える土づくりは、勢いではなく設計です。診断、分解、根張り、施肥設計をつなげて考えることが大切です。
A:収量だけで判断すると、天候や相場、品種の影響も混ざります。まずは、残さの分解日数、耕うんのしやすさ、雨後に入れるまでの日数、追肥回数、潅水判断、生育ムラの出方を記録します。食料安全保障の視点では、出荷を止めないこと、品質の下振れを抑えることが重要だからです。
判断のタイミングは項目ごとに違います。残さ分解や耕うん性は次作準備で見えます。根張りや生育のそろい方は1作を通して見ます。地力の変化は複数作で見るべきです。何を変えたら、どのリスクが小さくなったのかを記録すると、次の投資判断がしやすくなります。
食料安全保障を自分の経営に落とし込むなら、見るべき数字は自給率だけではありません。圃場ごとの安定性を、経営指標として記録することが大切です。
毎年の反収を見て、天候や作型が違っても大きく崩れる圃場がないか確認します。ブレの大きい圃場ほど、根張り、排水、pH、有機物の状態を優先して見直します。
肥料代を下げることだけでなく、投入した肥料が収量と品質にどう返っているかを見ます。土壌診断と作物の根の状態を合わせて見ると、効率改善の余地が見えます。
残さが次作前までに分解しきれない圃場は、土づくりのボトルネックになりやすい場所です。水分、すき込み深さ、微生物の働き、分解期間を記録します。
収量が同じでも、規格外や品質ムラが増えれば経営は不安定になります。畑のどこでムラが出るかを残し、土の硬さ、水の動き、根域の違いと照らし合わせます。
食料安全保障という大きなテーマでも、現場で見るべきポイントは作型によって違います。自分の圃場で「供給力の弱点」になっている箇所を先に絞り込みます。
| 作型 | 供給力を落としやすい弱点 | 土づくりで優先したい視点 |
|---|---|---|
| 露地野菜 | 長雨後の作業遅れ、乾燥時の生育停滞、残さ分解の遅れ | 排水性と保水性の両立、根が深く入る土、残さ分解の設計 |
| 施設栽培 | 塩類集積、連作による根傷み、潅水・肥培管理のブレ | pH・ECの確認、根域の通気性、有機物の分解状態、土壌診断 |
| 水田転作・畑作 | 排水不良、砕土性の悪化、すき込み残さの持ち越し | 排水対策、硬盤の確認、残さの分解期間、土の締まりの改善 |
| 果樹 | 樹勢ムラ、根域の乾湿差、長期的な地力低下 | 根域環境、表層有機物、水分の安定、長期的な土壌管理 |
国内農業を守るという言葉は大切ですが、それだけでは農家の経営判断になりません。土づくりも、理念ではなく収益と継続性に結びつけて考える必要があります。
土壌改良は、農家自身の収量、品質、作業負担、資材効率を改善するための投資です。経営に返る形で設計します。
輸入依存が不安でも、必要な養分まで削れば生産力が落ちます。土壌診断と施肥設計を前提に、効率化を進めます。
排水、病害、防除、品種、販売先の問題は土壌改良だけでは解決しません。圃場管理と経営判断を組み合わせます。
食料安全保障は、国の政策だけで実現するものではありません。国内で作り続ける農家がいて、その圃場が出荷を止めにくい状態にあってこそ、日本の食卓は支えられます。
農家にとって重要なのは、単年の最高収量だけを追うことではありません。収量のブレを小さくし、肥料を効かせ、有機物を循環させ、資材高や天候不順の年でも作付けの選択肢を残すことです。
土づくりは、国家的な課題を農家の経営改善に変えるための、もっとも足元にある実践です。土壌診断、残さ分解、根張り、施肥設計をつなげて見直すことが、圃場の下振れリスクを減らし、国内農業の供給力を支える一歩になります。
微生物の働きが強く分解スピードが速いためすぐに次の栽培準備に取りかかれる
枯れた作物や根などを分解して、肥料成分として再利用できる
嫌気的条件でも活動できる微生物を含んでおり有害ガスの発生を抑えながら土壌を健全に保てる